住宅裏

貝の坂旧街道は、右手に続く住宅の裏側を進みます。この道は、同時に川和町と加賀原(旧佐江戸町)との境にもなっています。つまり、港北ニュータウンとの境の道。この先、ずっと下り道。

「都筑区南部水と緑の散策マップ」によれば、この旧街道は明治29年に改修されるまで使われていたそうで、この旧道部分の入口にあったらしい能見堂から、現在の横浜新麻生道路に至るまでの約200mの山越え道でした。

貝の坂旧道

道を進むうちに、道の左手が竹林になります。右手の住宅は姿を消しますが、住宅を支える支柱が道に張り出し、なんだか興ざめ。その先は、ようやく、道が細くなり、両側が竹林に囲まれるようになります。竹林の向こうから、日差しが差し込み、ふと、潮騒が聞こえてくる様な錯覚に襲われました。

「佐江戸誌」によると、貝の坂の名の起こりには伝説があり「川和寄りの淋しい所に、夜な夜な怪しい唸り声がした。村人が掘ってみると、大きな貝が出てきたという。以後、貝の坂と呼ぶようになったという。」

横浜上麻生道路に出てくる

竹林の中の道は短く、すぐに抜け出してしまいます。

抜け出た先には、再び、横浜上麻生道路。歩道が無い上に、交通量が多く、歩くのは非常に危険。とても県道とは思えない。仕方なく、とぼとぼ、歩いていきます。
続く