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ふじやとの道に戻る道の右手に、北山田公民館があります。「望郷」によれば、北山田公民館の前身は、太子堂と呼ばれたお堂でした。(このお堂があったので、山田富士のある丘を太子堂山と呼んだのです。)また、この辺りを権現谷戸と呼びました。谷戸の奥まった場所に権現様があったそうです。現在、山田神社に合祀されています。ちょうど、山田富士の麓にあたる左手に、遊具のある広場があります。広場の奥に山田富士に登る道がありますが、ここが吉田口でしょうか。急斜面で危険な道です。 |
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ふじやとの道に復帰道の左手が公園となり、山田富士に登る際に通った御殿場口の入り口の前に出てきました。ふじやとの道に復帰します。ここでこぼれ話。テレビの笑点で座布団運びをしている山田隆夫氏が番組で「苗字と同じ横浜の山田という場所に住めて僕は幸せです。」と良く言っていますが、「望郷」によると、住居表示の際(平成2年頃か?)に北山田と決定したところ、一部の人が「山田という名前は田舎臭い。案山子を思い出す...知り合いにも北山田に住んでいるとみっともなくて言えない」と町会長に詰め寄ったそうです。 |
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山田富士橋山田富士橋で日吉元石川線をくぐります。せせらぎ公園と同じように、せせらぎ用のトンネルもあります。北山田1丁目から3丁目へ。 |
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住宅地右手に住宅地の車道が並行し、左手は団地建設中。あれほど、暑かった日差しもだんだん、衰えてきました。日の入りが近いです。 |