旧道

それにしても、この道には歩道が無く、通り過ぎる車に冷や冷やします。この先、看板が示すように急カーブ。

でも、来る車、来る車、飛ばしまくります。バイパスができて、交通量が減ったからかもしれません。

多摩丘陵バス停

なぜ、この危険な旧道を歩いているのかといえば、今回の目的、本当の多摩丘陵があるからです。でも、名前だけ。

下り坂の途中に、それを称するバス停。地図帳を眺めていて、このバス停名に惹かれてしまいました。だからといって、ここに何か、大きな公園があるわけでもありません。なぜ、この名前が付いたのか不思議。

多摩丘陵交差点

左カーブした先に、多摩丘陵交差点。今までの絹ヶ丘とこの先の打越町との境に当たります。決して、地名ではありません。現在、この場所は多摩丘陵の真っ只中というわけではなく、住宅地。多摩丘陵入口とした方が相応しいかもしれません。名前を付けられたのは、本当に多摩丘陵だった絹ヶ丘が開発される前だと思います。

向こうに見える右カーブにあるマンションの所は、確か、この5年位前まで雑木林があって、そこには、後北条氏の滅亡の折の黄金伝説の看板が立っていたことを覚えています。今は何処に行ったのでしょう。

多摩丘陵交差点は、ちょっとした崖の上にあります。そこから谷間を隔てて、丘が見えます。丘の中には、先程の野猿街道のバイパスが貫いています。

かつて、桜ヶ丘公園〜野猿峠〜御殿峠にかけ、多摩丘陵自然公園構想?があったらしく(今でも多摩丘陵地域の都立公園の総称のようですが)、その入口に当たる場所として多摩丘陵の名がついたのかもしれません。御殿峠の近くに多摩丘陵自然公園の碑と自然公園前バス停があります。
続く